THE MILKY WAY 2

ウェルカム2009。 Since 2003.8.10
 
06
 

風邪が少々ぶり返しましたので

今年初学校、恐らく最後の講義であっただろう授業を

休みました。

うん、まあそんなこと言って本当は今日休みだと思ってて、朝友達から「今日授業あるよ」的なメールに気づいて

まあ実家だから今から東京へ行ったとしても教室入った途端授業は終了、ざまあないですね、ということが目に見えていたので

スルー。

いや、ホントに風邪がちょっとぶり返してきたんですけどね。はい、これからちょっと忙しくなる時期なんで風邪薬買ってきました。さすがに。


さて。


そんなこんなで地元を後にし、東京に帰還した我。

いつもの生活に戻るっていうことで、今年の抱負でも述べますか。やめますか。どうしますか。

うん、まあ、しゃべるんだけどね。

09年はわたくし、社会人デビューの年なんですよ。22年間、暖めたものがついに社会に飛び出ることになるわけです。

思えば人生の半分以上を学生として過ごし、社会に守られながら生きてきました。

それがぽいと、社会という、しかもこの御時勢ですよ、派遣斬りどころか絶対近々正社員斬りが横行しそうな幕末の京都みたいな、そんな世界に放り出されるわけですよ。

今年一年が激動の年になることは目に見えているわけでありまして。

三条河原に首を晒されない様に、今からきちんと目標といいますか、抱負といいますか、そういうものをこういうWEBというツールを通して言葉に出すことは必要ですね。

はい。

うん、面倒だから箇条書きで行くぞ。




・風邪を治す。・・・まずね。


・初詣に行く。・・・一人はイヤン。

・趣味を増やす。・・・実はもう何をするかは決めている。

・歴史の勉強は継続する。・・・勉強、と言えば大げさで、興味を持ち続けるコト。

・人に流されない。惑わされない。・・・わが道を行け。

・だけど人付き合いを大切にする。・・・上と矛盾してるけど、要はバランス。

・負けたくない。・・・闘争心を静かに燃やしたい。

・去年よりかっこよくなる。・・・外見も内面も。

・教養を深める。・・・いっぱい学べ。

・死ぬほど働く。・・・ケド死にたくはない。



・その前に卒業だ。・・・ゼミ試験・・・来週だと・・・?




まあこんなもんですかね。

大事な時期なのに、やっぱりこう、実感というものが欠如していましてね。気分が就職する感じではないんですよ。これは一編痛い目みないと目覚めなさそうですが、痛い目見るのも一興ですよ。

第一まだ働いてもないのに目標も何もありませんよ。

まずはやってみて、そこから欠陥を見つけて、で、それを直す。ここに具体的な目標が生まれると思うんですよね。

なので今は「死ぬほど働く」とか「頑張って働く」程度にしか書けません。我武者羅にやるしかないんです(まあ、三年以内にこのポストに就きたい!とかはあるけど、それだと今年の目標、ではありませんからねぇ・・・)。


仕事以外では、まだ学生時代3ヶ月あるんで、その間は特に無理しないで友達との流れる時間にゆったりつかってみようかと思います。

変に想い出作りとかじゃなくて、いつもどおりでいいんですよ。いつもどおり、友達とだべったりバイトしたりする生活が、俺にとっていつか想い出になるんですから。


だから今年の一番の目標は――


とにかく新しい趣味を見つけたいですね。

趣味、というか、「何か新しいコトをする」って言うんですかね。まあ社会人になるといろいろ難しいかもしれないんですが、あくまで目標なんで。

去年はカメラを新しい趣味にしましたが、今年は何か別の。

何をするかについては密かに思うことがあって、近々やってみようかなぁと思ってます。続くかどうかはさておき、形になってきたらここでも紹介しようかと。


うん。ああ、でも、結局はですね、俺の一年の目標なんてのはおととしも去年も変わらず

「笑って楽しく生きたい」っていうことですよ。これが根本ですね。









あ、一つ、目標忘れていました。











・今年もブログを続ける。



環境が変わるとね、どうも大変になりそうですが

頑張りますよ。今年も「普通の日記ときどき変態」をお送りしたいです。


皆さんはどんな目標立てましたか?

年末になったとき、一つでも「達成できた!」と言えるように、世間は寒いですが、頑張りましょう!




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05
 

気がつけばもう5日。お正月も終わりです。

さてわたくしが正月をどのように過ごしていたかと云う

紅白の視聴率くらいどうでもいい話をこれからします。


まず元旦は昼まで寝てて、お笑い番組を堪能し、酒を飲み飲み、終わる。

2日。

北関東最大という県内に新しくできたショッピングモールへ出かける。

うん、確かに広かった!!

さすがは田舎。駐車場のスペースが東京とは違うよね。あれ何台止められるんだろ。1000以上はいけると思うんだけど・・・。

で、なんとそこに

ヴィレッジヴァンガードがあったんですよ。

もうびっくりですよね。


昔。

ある女の子に「ビレバンって楽しいよね〜」と言われ

当時東京に無知だった俺は、「ここは会話合わせないとダサいと思われる」と

「知ってる、マジ楽しいよねー」と、ド知ったかをかまし

吉祥寺のそれに実際に行ってみる、ということになってしまって

だんだんだんだん

その知ったかの罪悪感に押しつぶされそうになり

店の前に来てとうとう


「ごめんビレバンって何だかわからない」


と白状して女の子から失笑を買ったのはいい思い出。若気のイタリー。


そのビレバンがですよ。とうとう茨城にやってきたとは。

嬉しいやら悲しいやら

あ、目から汗が。

まあ相変わらず変なお店でしたが。

両親は楽しんでました。

あ、ビレバン知らない人は今からでも遅くない。知ったかしないでレッツググれー。


でもこのショッピングモール、広いくせにメンズのお店が皆無に近いのが残念なところ。あーやっぱし田舎のこういうところにはまだメンズが浸透していないのが現実で

メンズはお母さんにイトーヨーカドゥーの3階辺りで買ってきてもらうという

この構図は変わっていないようです。

まあ、また行ってみようとは思いましたが。


そしてこの日はゲームを買って見ました。

『テトリスDS』と『スーパーマリオブラザーズ』(アドバンス版)です。

中古で買いました。

今メチャはまってます。


2日はこのようにいろいろ出かけた成果

ちょっと後半から気分が悪くなり

次の日は初詣行くことになっていたから早く寝たんですけど

翌朝起きたらね

まあ案の定なんですけど



ド風邪ひきましたね。



いやー正月に何やってんだおれええええええええ!!!!

と叫ぶ元気もなく。

大好きな箱根駅伝も見れず(東洋大学優勝おめでとう)

初詣にも行けず

餅も食えず

09年という1年に早くも暗雲たちこめてきてるんですが。笑

まあとにかく

一日中寝っぱなしですよ。

ガン寝です。

本気で寝ました。

なかなかないです。寝るとき、「よし、ガチで寝るぞ」なんて心で唱えたのは。

と、言うのも

その次の日には小学校の同窓会が予定されていたので

行きたかった・・・・

何としてでも・・・・

熱は測っていないんで(体温計の電池が切れていて使えませんでした)どれくらいだったかは定かではありませんが

あの汗の量からして

38度は余裕で越えていたかと。

だって布団通り越してベットまでぐしょぐしょだったとか。

あ、だ、だ、だからって

べべbっべbっべつにおねしょなんかじゃないんだからね!!!!!!


・・・はい。

ともあれ、この本気の睡眠と、スポーツドリンクと、バファリンの半分の優しさのおかげで

翌日にはケロリと治って同窓会へ参加し

旧友との再会を無事に楽しめました。

いやー危なかったー。。。


そして今日5日は

来る卒業旅行、初海外に向けてパスポートを申請しに車を北へ南へ東へ西へ。

できるまで1ヶ月くらいかかるかなぁと踏んでましたが10日で出来るとか。

すげえ茨城県。

あと戸籍とか住民票とか、いろいろ見れて楽しかったです。

俺は出生地は「村」だったという新事実が発覚しました。笑



明日には東京へ戻るけど

実家かなり快適だなぁー。

インターホンはカメラつきになったし

風呂釜が新しくなったし

コンロもつるっつるのぴっかぴか!

掃除機もまた買い換えて

父親に至っては7万以上するステレオ買って俺の部屋に昔のステレオを放置するという。笑

そんなに金あるなら仕送りを増やして欲しいところだが。笑


まあそんなところです。俺のお正月は。

今までで一番正月らしくなかった、正月だよ!!コノヤロー!!!


    18:50 | Trackback : 0 | Comment : 0 | Top
 
01
 

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。




新年一発目の記事ですが

どうも今年は例年以上に年を越した気がしません。

まだ気分は08年です。


昨日は実家に帰ってですね、

ガキの使いと紅白とお笑いなどテレビを堪能しまして

たっぷり夜更かししましてね。

山田花子の恋人いる宣言に終始にやけましたね。

可愛すぎるよ花子!!


そんなこんなで新年一日目はぎりぎり午前中に起きました。11時半とか。

もうね、一年の計は元旦にあるのにね、ひどいね。09年も知れたところですよ。ほんと。


あとね。

新年恒例の「あけおめ」メール。

充電万端にして、こないかなーこないかなーって待ったよ。

メール問い合わせとかしてさぁ!

結果。

去年よりは多かったと思います。

よかったです。

皆さんありがとう。


さて。

お正月は浮世を忘れてひたすら餅食って酒飲んでこたつで寝て、まさに丑になるかと思います。

モウ。


何か新年一発目だし、今年の目標でも立てようかなと思いましたが

まあ焦らない焦らない。

まだ気分は08年ですもの。

初詣とかまだしませんもの。

初日の出とか、見たことないですもの。

飲んで食っちゃ寝に飽きたら

09年の抱負でも考えます。


でもやっぱ新年だし、何か新しくしようかなぁとかいろいろ思って

ブログのテンプレ変えてみました。

いかがでしょう。


まあそんなこんな。

新年からどうでもいいこと書いてまったくしまらないんですが

今年もこんな感じでゆるゆるやっていきたいと思いますんで


どうぞよろしく!


    18:22 | Trackback : 0 | Comment : 2 | Top
 
31
 

2008年も残りわずかになりましたね。

大晦日の雰囲気が大好きな、りんりんです。どうも。

ここ最近は自己満な記事を書いていたので(いつもそうだけど)08年最後の近況をば。




その1.ウワサのクォーター何たらを食べる。

今巷でサクラとかウメとか騒いでいるランランルーのクォーターパウンダーを買ってみました。

どうせなら一番豪華なヤツにしてやろうと、ダブルチーズ(?)何たらってのにしたら、セットで何と価格が700円越え・・・!!!

でもすごいんだろうな、すごいんだろうな♪

わくわくして開けてみたら



クォーターパウンダー

・・・・!!!



モスにしておけばよかった・・・なんて思っても・・・いません・・・よ・・・。


まあ味は確かにボリューミーで意外にうまかったけどね。



その2.バイト先に本部の重役が登場。

コンビニバイトも昨日で仕事納めだったんですけど

何か朝から店内が慌しくて

聞いていると、何でも


「本部のお偉いさんが来るって!!」


とのこと。

うちのお店は成績がいいらしく、今回のお偉い方の訪問先に選ばれたとか。

何にしても下々の人間にとっては迷惑なハナシでありまして

普段は早朝には顔すら見せないOFCが超気合入りまくりで(当然だ)

いつもだらだらぐだぐだのんびりの三拍子揃った居心地のいい空間が

一気にぴりぴりしだしました。

ってか、お偉いさんもこの年末に仕事とは・・・やっぱ景気、悪いのかなぁ。

あとさ、そういう大事なことはさ、絶対もっと早くから聞いているはずだからさ、当日じゃなくて1週間くらい前に伝えようよ。

年末、ということもありお客さんは少なめのため、

店内をがっつり掃除しました。ぴっかぴかです。

いつもだったら絶対に言わない掛け言葉とかを練習したり

いつもだったら何が何でも言わない宣伝文句をお客さんにしてみたり。

いつでも来いってんだ重役。


まあ重役の訪問自体はすぐに終わったんですけどね。

俺も頑張って本社にとっての理想の店員を演じました。いつも私はこんな感じですよー!みたいな。

ああ、アカデミー賞主演男優賞ものだわ、これ。

オーナーやOFCに「やればできんじゃん!」ってめっさ褒められましたわ。

そう、やらないだけで、やれば出来る子よ、俺は。笑

早朝はね、やる必要がないっていうか。うん。


OFCは重役にペコペコ。御案内。お見送り。

こーゆーの見てると、ああ、自分も来年からはこんな感じになるのかなぁ、と思ったり思わなかったり。いや思ったんですけどね。

うん、とにかく大変な日にシフト入れてしまったな。

まあ仕事納めとしてはやりがいあって何だかんだ楽しんでたけど。



その3.カレンダー買ってみた。

去年、東京デザインセンターで買った、動物のカレンダー。

今年もとある雑貨屋をぶらついていたら、発見しましたので、ついつい購入。


ZOOカレンダー

昨年はライオン、カンガルー、オットセイ、キリン、ハリネズミ、サイの5種類でしたが

今年はゾウ、リス、ダチョウ、カバ、ペンギン、トナカイと変わりました。

いやーいーよいーよ。今年もいーよー。

さっそく作って飾ってみました。

せっかくなんで08年のカレンダーも捨てずに一緒に飾ることにしました。すると



ZOOカレンダー2

なんかすごいことになった。笑


我が家はすっかり動物園です。




総括。2008年。

大学生活最後の年。

勉強に遊びに精一杯楽しむ、というか大学4年間で最高の年にするのが目標で

まだ大学生活は終わってないから評価するには早いのですけど、かなり充実した1年だったと思います。

1〜4月までは就職活動で毎日のように出歩き、いろんな価値観に触れ合って自分と言うものを大いに考えさせられる期間でした。

就職活動が終わると、休む間もなく年末まで怒涛のゼミラッシュが待っていたのですがね。

それでも今年はたっぷり遊んだ気もします。

4月には高尾山に登り

5月には横浜で中華街なんかを巡り

6月には日光までドライブ。

8月は京都、特に東山を探索し

9月は7年ぶりのディズニーランド。千葉でゼミ合宿。

10月は待望の沖縄旅行。

11月は熱海ドライブ旅行。

就活終わってからはほぼ1ヶ月に1回はどこかしら小旅行してましたね。

その小旅行をもっと楽しませてくれたのが、4月に買ったデジタル一眼レフ。

もう写真撮るのが面白くて面白くてしょうがありません。

ヘタの横好きですけど、人に面と向かって「趣味は写真です」と堂堂と言えるようになったのは、自分の中では大きな変化でした。


また6月から新しいバイトを始めたことも大きな変化でした。本当にここではいろんな人と出会い、新しい仲間も増えました。

交友関係もかなり変わったと思います。

疎遠になった人、身近になった人。いろいろです。


そして何と言っても卒論。ああ苦労した。ひーひー言わされた。

ゼミ合宿も苦しめられた。

ほとほと疲れるゼミでした(まだ終わってないけど)。

だけどここを選んでよかったと、本当に思っています。

からっぽじゃなくて、内容のあるゼミだったから、いつかおっさんになっても

「いやーあのゼミはほんとに」

なんて懐かしい会話がきっとできるんだろうなぁ。

勉学面にも後悔はナシ。



総じて、いい年だったなぁ、と感じています。

05年、06年、07年と比べても1番だったんじゃないでしょうか。

いよいよ明日から09年。

就職という新たな舞台に立ちます。

いろいろ不安はあるけれども、何とかやってみせますよ。

きっと今年みたいに楽しいことばかりではないはずだけれども

それでも来年の今頃も「何だかんだで09年もいい年だったなぁ」としみじみ思えるような年になっていることを願います。


そんな感じですかね。


皆さん、今年1年、お世話になりました。ありがとうございます。

来年もよろしくお願いします。

それでは、よいお年を★☆




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30
 

その1
その2
その3
読んでね。




江戸幕府は滅び、新政権が誕生したと言っても

その内部はまさに砂上の楼閣、いつ崩壊してもおかしくありませんでした。

薩長同士の仲が微妙になってきたのです。倒幕、という共通の目標において手を結んだ両者ですが、それが段々いがみ合うようになってきました。

これを見、諸藩や旧幕府勢力は思いました。


「薩長が崩壊するのも時間の問題だな」


そうなれば様子見の諸藩は一気に旧幕府勢力に付くでしょう。


「よし、これは薩長を潰すいいチャンスだ」


と、慶喜「恭順」や江戸城無血開城に反対し、あくまで新政府軍との決戦を臨む旧幕府軍は江戸を夜な夜な脱走します(これらが北へ北へと逃げ、戊辰戦争が展開されるわけですが)。

そしてこれらの勢力の一つが、「彰義隊」と呼ばれる部隊。彰義隊は元は将軍慶喜を警護する部隊。ならびに旧幕府から江戸市中の警備も任されていました。

本拠地は、上野の寛永寺。

彰義隊の連中は、次々に「薩長討つべし」と檄文を回し、諸藩の旧幕府側の脱藩兵を集めました。

その数は次第に膨大し、3000〜4000にまで膨れ上がったのです。

新政府軍との小競り合いが続きました。彰義隊は、新政軍の兵士を見かけるととにかく殺しました。

勝海舟は、彰義隊と新政府軍との衝突を恐れます。せっかく江戸を戦争から守ったのに、これではまた江戸が危ない・・・・勝は彰義隊に解散を促しますが、どうにもなりません。

もはや手の付けられない状態です。


彰義隊「新政府軍、やっつけてやるー!」


新政府はついに、彰義隊討伐を決定します。そしてその司令官に、蔵六が選ばれたのでした。


* * *


彰義隊との戦いに、無論蔵六は勝たねばなりません。未だ諸地方において新政府軍は旧幕府勢力と戦闘を続けていました。新政府軍の兵力には限りがあります。その限りある兵力で、彰義隊を打ち倒さなければなりません。

そして、ただ勝つだけではだめでした。

「江戸に戦火が及ばないように」

勝たなければなりません。無茶苦茶な話です。戦争をやって、火事を起こさないように戦う難しさとは。

それでも蔵六はしなければならなかったので

やはり理論尽くめで徹底的に相手を分析し、なおかつ、江戸に大火が起きないように、過去の江戸の大火を研究しました。

季節。

風向き。

天候。

いかなるときに戦えば、火災を最小限に喰い止められるか、蔵六は綿密に研究しました。

また蔵六は、彰義隊を包囲せず、一箇所だけ、彼らに逃げ道を作るように攻め様と考えました。こうすれば、敵は放火をすることもあるまい。


1868年、5月15日(太陽暦7月4日)午前7時、戦闘開始。天気、雨。

圧倒的火力を持つ新政府軍に彰義隊は勇敢に戦いました。

時に苦戦して、使者が蔵六に増援を頼みに来ましたが


「今ある兵力で勝てます。増援は必要ありません」


と相変わらずのつっぱねっぷり。彼の頭の中では、彰義隊討伐の計算が十分にし尽くされているのでした。もし、計算外のイレギュラーなことが起きれば・・・


「そのときは逃げなさい」


それが蔵六のやりかたでした。

午後になりました。蔵六は、戦場にはいません。戦場の外から、戦争の経過を、聞いています。

増援要求はつっぱねました。勝てるように、計算して用意した兵なのだから、それ以上の兵は余計なのです。

蔵六は時計を見ました。


「5時・・・。ああ、計算ではもう戦いは終わったでしょうね」


果たして同時刻、上野彰義隊はわずか1日で壊滅。

戦火も、梅雨という湿気の多い季節と、折からの雨のおかげで最小限に留まりました。


江戸無血開城もそうですが、蔵六による、この彰義隊討伐がなければ、果たして今の東京はあることやら。


* * *


その後も、蔵六は江戸において、東北の戊辰戦争を指導し続けます。

厳しい戦いでしたが、蔵六の計算は恐ろしくよく当たりました。

戊辰戦争の新政府軍の親玉は西郷隆盛でしたが、彼は戦はできません。彼ですら、「大村さんに任せます」と言っていました。

中には蔵六のことをよく思わない人が多かったのです。

百姓あがりに命令されることを嫌い、なおかつ、ぽっと出の、しかも恐ろしく戦争のできることに対する嫉妬。

またその愛想の悪さ。

度重なる増援も、「必要ないです」ときっぱりと断る様。


「斬ってしまおうか」


と思う連中まで出る始末でしたが、彼らの崇拝する西郷が、「大村さんに任せます」と言っている以上、彼らは従ったのです。

その西郷も、ときどき大村の意見に反対したようで

長岡において長岡藩の河井継之助率いる部隊に新政府軍が苦戦している最中、蔵六は散々の増援要求をやっぱり突っぱねていました。

これに西郷はたまらなくなったらしく、自ら戦陣に立つことを蔵六に頼みます。

でもやっぱり


「あなたが出る幕ではありません」


と蔵六は拒否。また、


「それにあなたがそこ(長岡)へ到着した頃には、戦争は終ってますよ」


と言い切りました。

それでも西郷は諦めきれず、やがて職を辞して鹿児島に帰り、兵を集めてその隊長として長岡へ向かいました。ところが、蔵六の言うとおり、長岡へ着いた頃には、すでに戦争は終わっていたのです。


西郷「大村さんの言うとおりだ。彼に会わす顔がないでごわす(>_<)」


ちなみに。

現在でも西郷隆盛は人気の人物で、知らない人も少ないかと思われます。

当時の西郷人気というものはとてつもなく、もはや崇拝の域に近かったのです。

しかしながら、蔵六は西郷を信用していませんでした。


「なるほど西郷は英雄だ。しかしその英雄さと名声が、必ずや新政府のガンとなり、脅威になる日が来る」


彼はひそかに思っていました。根拠はありません。彼の直感がそれを確信していました。


* * *


蔵六の指揮により、戊辰戦争は1869年に終結。国内は統一され、時代は新たなる方向へ進みます。

蔵六は戊辰戦争の功績を称えられ、「兵部大輔」に任命されます。今で言う防衛省の次官です。ただし、トップは家柄のあるお公家さんでなければならず、そしてこれは名誉職の色が強かったので、事実上、彼がトップでした。

彼は新政府直轄の軍隊を作ることになりました。今まで戊辰戦争を戦っていたのは、あくまで薩摩や長州といった諸藩の軍隊。

これからは天皇直属の、新政府固有の軍隊を持たなければなりません。

その仕事に邁進していました。

そして、その健軍の根拠地を、大阪に定めました。すでに首都は京都から東京に移されていたのに、何故、それを大阪にする必要があるのか・・・いくつか理由はありますがそのうちの一つに、


「これからは、西がきな臭い。西に警戒しなければならない」


として、蔵六は大阪を選んだのです。「西」というのは無論、西郷の薩摩を指しています。

そして蔵六はその視察として、京都(京都の宇治に火薬庫を建設する予定でした)に出張する予定でした。

それを、桂改め、木戸孝允が止めます。


「不穏な動きがある。出張はやめておいたほうがいい」


かねてから蔵六をおもしろくないと思っている連中が、蔵六を殺そうと狙っているのようなのです。木戸という、危険察知能力が抜群の男は、この後起こる悲劇を、直感していました。


「頼む、京都には行かないでくれ」


しかし蔵六はその申し出をあっさり断りました。この男にはそのような能力が明らかに欠陥していました。


フラグ、びんびん。


また、時は遡って戊辰戦争中、京都で幼馴染の平太郎という男が蔵六を訪ねてきました。


蔵六「久しぶりだなぁ」

平太郎「いまでも、医者か」


そう、蔵六は一介の医者でした。しかし今ではそんなことも忘れたかのように、新政府軍を指揮しています。


蔵六「近頃は医者はあまりやらないね」

平太郎「それはいかん」


そして平太郎は本題に入ります。


平太郎「田舎に戻って医者になって戻ってくれ。お琴さんから頼まれた」


蔵六は、妻のお琴を国許へ置いたままでした。結婚してから、彼は宇和島、江戸、京都と時代に任せるまま飛び移り、二人きりで過ごす時間はごく短かかったのでした。

そして故郷の村にはついに医者はいなくなったのです。蔵六が村で唯一の医者であったから。

お琴は今更になって、蔵六に帰ってきてほしいとわめいているらしい。


平太郎「帰ってやれ」


しかし、彼はもはや身分は長州藩の武士でした。藩命によって戦争を続けている・・・その立場上、絶対に無理な話でした。

それを蔵六は説明しました。


蔵六「この仕事は俺にしかできない」

平太郎「頼む、国へ」


平太郎は引きません。続けます。


平太郎「木曾義仲も、源義経もそうやって京に入った。でもいずれは滅んだ。良庵さん、あなたもきっとそうだ。滅ぶ。それよりも、田舎へ帰って医者をすればいいじゃないか。お琴さんも喜ぶ」


蔵六は黙っています。


平太郎「俺は、医者になりたくて学問をやったけれど、良庵さんみたいな才能はなかった。だから医者も諦めたけど、それでよかったと思っている。学問ができる良庵さんは一生女房とも暮らせず、その女房は癇癪持ちにさせてしまった。それよりかは俺はずっと、ずっと幸せだ」


平太郎の言葉は、蔵六への罵倒に繋がりました。蔵六は、深く考え、そして言いました。

蔵六「三年。あと三年すれば、帰る」



しかしその三年がやってくることは、ありませんでした。


* * *


1869年、9月4日。

桂の予感、平太郎の予言は当たりました。

蔵六は京都の旅館で反政府士族に襲撃され、重症を負いました。


「いやー危なかったー」


当座は一命はとりとめた蔵六でしたが

その怪我から、敗血症を招いてしまったのです。

そして2ヵ月後の11月5日、大村益次郎こと村田蔵六は亡くなります。享年46歳。


彗星のように、維新の舞台に上がった男は

戦争が終ると、また彗星のように去っていきました。


ここに彼の遺言があります。

重症を負い、大阪の病院に見舞いにきた彼の部下に、蔵六は言いました。


「四斤砲を、たくさん用意しておけ」


つまり、大阪にたくさんの大砲を用意しておくのだ。何のために? 来るべき西郷の反乱に備えるためだ。いいか、ヤツはいつか必ず、乱を起こす。今から、それを討つ準備をしておくのだ。


果たして蔵六の言った通り、

西郷隆盛が、西南戦争を起こしたのは蔵六の死後、8年後の1877年。

この戦争で、あの時蔵六が言い残した大砲は――大いに活躍することになるのです。


おわり。


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卒業間近の普通の大学生です。
専攻は日本近代史。
典型的なA型人間。
負けず嫌いで妄想好き。
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